塚 原 dei.jpg 洲


■ 澁柿園コレクション ■

 天 草 一 揆      
      塚原渋柿園

  前編

    第 一 編


       五


 此で此の御話の主人公たる増田四郎――即ち天草一揆の総大将たる天草四郎時貞(又は天の四郎とも)の身上《みのうえ》を一通り申すとしまするが。此の四郎の父親は前《ぜん》申したる小西行長の家老で増田甚兵衛尉好次。――去ぬる慶長の五年、関が原一戦の時、小西は無二の石田方たるに依て、行長は、石田治部少輔三成、安国寺恵瓊《えけい》と共に捕われて首を刎られ。其の城地肥後の国宇土郡宇土の城は関東方の加藤の軍勢に攻られて開城に及んだ。其際《そのおり》増田甚兵衛も城を出て其後は天草の大矢野島に寓居《かりすまい》を致して、此で元和の八年に四人目の男子を設けましたのが此の四郎。――けれども甚兵衛は当時の天草の領主寺沢家(肥前唐津の城主)から扶持を貰うでも有りませず、何処迄も此の大矢野島の浪人の郷士で、庄屋様《よう》の事を為て居りまする。で領主の方でも、心の緩《ゆる》せぬ奴、如何なる珍事を仕出来《しでか》すか知れぬ者と云うので始終隠し目付を附て置く。方今《いま》ならば彼の御帳面に載られている注意人物。――因《そこ》で男児《おとこのこ》が出来たと云うと又も領主の手前、事面倒であるから彼をば藁の上から女子に致してお時と名を呼んで居りました。が、お時の四郎は女子に仕立られる丈《だけ》――と云うでもあるまいが、其の容貌は又た素敵なもので、追々成長を致すに随って花も羞《はじ》らうと云う目元口許。処が其の稟性《うまれつき》の大胆不敵さ、知恵の鋭敏《するど》さと云うものは、此の容貌と対比《くらべ》て優り劣りがありませぬ。所謂る末怖ろしき稀代の少年。殊に其の故主の小西行長は彼の切支丹の大信者で(教名を「ドム・オーギュスタン」)、家中も残らず御宗旨の固結《かたま》りと云う、其中にも甚兵衛は天主の教一点張と云う人物でありましたから、四郎も幼少から教法の書物を読せられる。固《もと》より一を聞て十を知る右の非凡の神童と云うのであるから、教の旨は勿論の事。何時か不思議の、当時で云う「魔術」まで暁得《おぼえ》て、火を踏み、水を歩み、笹の枝に留った雀を其の留った儘捉えて見せ、掌の中に鳩を置て卵を孵させる抔の種様《さま/″\》の不思議を演《し》て見せまする。で土地《ところ》の信者は皆な此の四郎を天主の降誕だと尊信《たッと》んで居る。今や其の魔術の一部を彼は正雪に試みたのでありまするが、此の御試味《おこゝろみ》を喫《たべ》させられた正雪は舌を震って、二の膳に箸を附ける迄もなく降参いたした。
 到底此の変生《へんじよう》女子《によし》の少年には敵わない。然らば其の害心を翻えして、信実無二の友と為て、我が本心をも明かして、天晴れ大望の片腕に為ようと云うので。此で正雪は、「種様《いろ/\》話したい事も、聞きたい事もある。然し此処は往来中。其の委細は貴公の家で……。」と先に立ちますと、四郎は又も馬子娘で、四「然《そン》なら旦那様、馬《これ》、乗なされ……。」優しい手に鼻綱を取て、然も無邪気な暢気な声で、「妾《わし》が殿ごとあの[#「あの」に傍点]不知火は、闇で無ければ面見せぬ……。」――程なく八代の四郎が姉の家へ着きました。
 が、其夜一晩を談合に明かして、翌朝は早々、天草見物と云うので四郎が案内して、姉のお竹が拵えて呉れた握飯を腰に附けて出て行た限り、両個《ふたり》とも帰りませぬ。姉も其の様子を知ているのか何うなのか、苦にも為ませず。唯だ此の街道の名物として謳われて居た容貌好しの馬子娘の笑靨というのが、其後旅人の目に入らぬを、立場茶屋の婆さん達まで本意無い物にして居りました。

 御話は二百里の余を飛んで、此処は尾州は名古屋の城下で。此の城下の南方の端処《はずれ》に富士見が原という名所がムります。此原の丘に登ると名の如くに富士の高根が雲烟模糊の間に見える。其丘の下は一面の野原で、土筆も出れば蒲公英も出る。螢も飛べば、鈴虫も鳴くという四季折々の眺望も景物も具備《そなわ》って居ると云うので、名古屋の士民《ひと/″\》の城下第一の遊興《あそび》場所《ばしよ》。殊に今は秋も漸やく果て方と云う九月の初旬《さしいり》でムますから、桔梗《ききよう》刈萱女郎花、千種の花の錦という中に、もう櫨《はじ》紅葉の早いのは彼方此方《あちこち》にちら[#「ちら」に傍点]/\と其の真紅の臉《ほほ》を見せますので。瓢箪を堤げた連中、吟杖を杖《つえつ》く先生。其中には今なら香雪か売茶あたりで忍びの御支度をという女駕物《のりもの》の美しいのも寡なからず見えまする。
「えゝい何だ? 突当ッて! ――貴様達、盲目なのか!」
 その女駕《おんなのりもの》に自分と故々《わざ/\》撲突《ぶッつか》ッた酔倒《よッぱらい》の武士。芝居なら中《ちゆう》通り以下の演《す》る役です。


      六

 萩に女郎花、桔梗よと、一挺の女駕を中に囲んで余念も無く彼の原中で遊んで居りまする女子連を、先刻から目を注《つ》けて居りました酔倒《よつぱらい》の武士が一個、ひょろ[#「ひょろ」に傍点]/\ッと来て、一人の腰元風の婢子《おなご》と云うのを突飛ばして、其の余勢《あまり》で駕へどさん[#「どさん」に傍点]! 武「あ痛たゝゝゝ。――ヤア貴様等ア酔倒漢《なまよい》と侮て此の乃公《おれ》様《さま》に突当ッて、駕で向脛を摺剥せたな。さア済まねえぞ済まねえぞ!」と※[#口編+斗、]《わめ》き立てますと。突飛された腰元と云うのは山出しらしい赧ら顔のでく[#「でく」に傍点]/\肥大《ふとッ》たので、中々利《き》きません。腰「いやそりゃ[#「そりゃ」に傍点]違います。お前様方《めえさまほう》で最初に私等《わしら》に突当ッて、お嬢様の御駕にぶつ[#「ぶつ」に傍点]附《かツ》て……。」武「何だ。此方が最初にぶつ附た? コレ武士を盲目に為るか。嘘附に致すのか?」腰「嘘附に為たく無くても嘘を吐しゃるから嘘附に為る。お前様《めえさま》のぶち当らしゃッた証人なら私方にも幾許も有る……。」武「いや這奴《こいつ》、武士に言懸をする。其の証人なら此方にも幾人もある。――やア各位《おの/\》、御覧の通りだ。出て来て捌ッしゃい。」――怒鳴り立てると、何処に隠れて居りましたのか、其者《それ》が合棒と見えます奴が四五人程ばらばら[#「ばらばら」に傍点]と現われた。
 此体《これ》を見ると、今迄駕脇に附添て居りました乳母らしい女は、それ[#「それ」に傍点]!と陸尺《ろくしやく》に目を授《くわ》せます。陸尺も心得たから直ぐ其駕を舁上げて、早く此原を出離れ様と致しますると。「何だ。狼藉だ! 狼藉物とは此の駕か。」と同じく小蔭からむら[#「むら」に傍点]/\と七八人其処へ飛出した。包囲攻撃! 哀れ此の女連の一巻《いちまき》は遁れかた[#「たか」に傍点]野の狩場の雉子と為って了った。
 と見た乳母は最う覚悟を決めて其処へ出ました。乳「皆様の御面《おかお》も存じて居ります。又た此の駕の内の主人娘も皆様にも御存じ無い事はムりますまい。御酒の上での御戯れとムりますなら強ては申上げますまいが、達て御募《おつの》りとムりますれば、私方《わたくしかた》にも其の料見がムります。」と流石は年の功、屹乎《きつぱり》と云いは云いましたが。先方《むこう》も初手から仕組で掛った狂言だ。婆様の入歯位いが中々立つ理《わけ》の物ではムいません。
 恁う云うと「ふゝん」[#「ふゝん」に傍点]と冷笑てのさ[#「のさ」に傍点]/\と二歩《ふたあし》ほど出て来たのが、此の運動《しごろ》の首謀らしい有畝《ありうね》運平という奴で、有「ナニ面を看識《みしッ》て居る? 如何にも然う有ろう。拙者は御納戸番の有畝運平。其の運平の面を看識て居る其方共が、何だと云て拙者同伴の士に無礼を働くか!」――勿論逆捻! 然し恁う出られては為方が無い。乳「御無礼は申ませぬ。其儀はあの[#「あの」に傍点]最初の方に……。」と背後を見ると、あな[#「あな」に傍点]無惨やで、彼の腰元は其の最初こやつサからの狼藉者と組んず綻れつ攫み合うのが、這奴《こやつ》中々豪い膂力《ちから》で、御国名物宮重大根という腕を如亀《によき》と現わして、敵手《あいて》の頬片《ほおべた》を捻り上げてぎゅう[#「ぎゅう」に傍点]/\※[#口編+斗]《い》わして居りまする。もう遺る瀬が無い。
 有「彼の体が無礼で無いか。狼藉とは申さんか!」と睨附《ねめつ》けられて、乳母もぐッ[#「ぐッ」に傍点]と、乳「はゝはい。」有「加之《それのみ》ならず、此方、役名実名まで名告て居るに、其方に於ては何処の誰と苗字をも申さんな。此れ以て至極の無礼! 一体が何処の何奴だ。」乳「…………。」有「さあ名を名告《なの》れ!名告ずば手討に為るぞ!」――恁様《こんな》に罵《いわ》れては名告れた義理ではムりません、乳母はもう[#「もう」に傍点]其の身を棄てた覚悟を致して、昵《じつ》と黙って居りますと。有「這奴もだが、怪からんのは駕の内の者! 此程に供の者が無礼を致すに出て謝んとは以ての外だ。ソレ引摺り出せ!」最初《はじめ》から其の手筈、「心得た!」と云うもので、運平が左右に居った四五人の暴漢は駕の肩に手を掛けんと致します。中なる娘を引出されては既《も》う其れ迄! 乳母は堪らず立塞がッた。乳「狼藉な! 今こそ名告るが此は御物頭の浅川主膳様の嬢様じゃぞ。御駕に指でも掛けて見い。此の乳母が赦さぬぞッ!」
 先刻から此の騒動を見て居りました大勢の群集は、今乳母が名告る浅川の娘ごと云うのを聞くと吶《どっ》と喊《とき》を揚げました。何故ならば此の主膳殿の娘お綾というのは尾州一国に二人と無い美人との評判娘《もの》でムります。其が今此の狼藉者に駕から引出されると云うのであるから、狼藉は怖いが、娘ごは見たい。見たいと怖いで見物は俄にぐる[#「ぐる」に傍点]/\渦を巻いて、旋《やが》て其の吶喊《ときのこえ》を揚げました。
 其中に一人、深編笠に面を覆《つゝ》んで、見物から些《すこ》し離れて、此の様子を覗って居る旅の武士らしいのが居りました。――仲裁《とりさえ》にでも入る気なのか、窃に身支度を致して其の機会を待て居るかの為体《てい》。何しろ平者《ただもの》では無い容子。




--------
底本:大衆文学大系3 村井玄斎 村上浪六 塚原渋柿園 碧瑠璃園 大倉桃郎 昭和46年7月20日発行 講談社
入力:清十郎
※ 《》はルビ。
※ ム《ござ》ります
※靨 えくぼ




塚原渋柿園の歴史小説のホームへ戻る

(c)2001 All Rights Reserved. Waifu Seijyuro.

[PR]話題の新車を無料プレゼント中:必ず当る抽選会!今すぐ応募で簡単GET